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2017年9月21日木曜日

笛吹峠

鎌 倉 街 道
【埼玉県嵐山町・鳩山町】

いま、むかしの道路事情(地元の道路を中心にして)などを調べていますが、その一環として、上野国から武蔵国を通り、鎌倉に向かう鎌倉街道を調べているなかで、
  そういえば笛吹峠に行ったことがないな・・・
ということに気づき、笛吹峠に行ってみました。
埼玉県教育委員会発行の「鎌倉街道上道」には、いまのような舗装道路になる前の写真が掲載されています。
その写真からは古道らしい雰囲気が感じられますが、いまはトラックや乗用車などが行きかう道になっています。
この道を上野国から鎌倉に向かって、たくさんの武士が
 いざ鎌倉!
   と一所懸命の思いで駆けていったことでしょう。
この画像(↑)右のほうに
 史跡 笛吹峠 埼玉県
の石碑がありますが、画像の奥が上野国方面になります。
この画像(↑)は、鎌倉方向を見ています。
峠とはいうものの標高差は小さく、小高い丘程度といってよいものですがが、たいへん歴史上で有名な笛吹峠です。
国道254号わきにある説明看板です。
看板そのものが古くなってきていますし、書かれている内容も古くなっていますので、新しく立て替えていただけたらありがたいと思っています。
これからも折にふれて、むかしの道路に関する画像などを紹介していきます。

2017年9月19日火曜日

離れられなくなっちゃった・・・

仲よしな木

どのような経緯があったか知る由もありませんが、この木のようすから想像して、なかなかの仲よしだと思います。
この公園には、何度も行っているのですが、この仲よしの木に気づきませんでした。
反対側から見ると、こんな感じです。
接ぎ木したのではないかと思うほど、よくくっついています。
とても仲がよいということになるのでしょうけれど、それにしてもうまくくっついたものだと感心してしまいます。
公園の遊具と一緒に撮ってみました。
この公園は、軽井沢にあります。
こちらも仲よしといえば仲よしなのですが、くっつかれたほうにすれば迷惑かな・・という感じの仲よしです。
じょうずに木の幹をはいあがっていくものだと思います。
こういったものを見ることができるのも、まち歩き、公園を散策する楽しさといえるかもしれません。
もうすこししますと木々の葉が紅葉してきます。
そして、落ち葉の舞う季節へと移っていきます。
遠くの山などに行かなくても身近な場所で、植物の生き方をはじめ、季節の移り変わりを知ることができます。
いまは、まち歩きや公園の散策に最適です。

ゆっくり歩いて、木の根元や木の幹などを
眺めてみましょう。
おもしろい発見があるかもしれません。

2017年9月18日月曜日

狛犬さま

箱島不動尊 【群馬県吾妻郡東吾妻町】

以前に何度か、狛犬さまを紹介したことがありますが、これまでに出会った狛犬さまを紹介していこうと思っています。
シリーズ化できるほど多くの狛犬さまを知っているわけではありませんが、これから折にふれて、狛犬さま(ときには、狛犬さまだけでなくオオカミさまも)を紹介いたします。
神社でおまいりをさせていただいたあと、
 狛犬さまと対面
というのが私の〝おまいりの作法〟です。
狛犬さまの尻尾には、いろいろな形があって、とてもすてきだといつも思っています。
たくさんの方がご参拝に訪れるところもよいのですが、あまり訪れる方がいないところに逸品があるようにも感じます。
苔むした姿、やや上向きな顔、なんとなく憂いを秘めたように感じる狛犬さまもいいものです。
 横顔を見ますと、なんとなく羊に似ているような・・・
狛犬さまのいろいろな表情には、その土地の人々の思いを受けてきた〝重み〟が感じられるように思います。

これからどのような狛犬さまが登場するか、どうぞお楽しみに。

2017年9月17日日曜日

かかし祭り

東富岡地区

先日、フェイスブック友だちの方が投稿された「かかし祭り」を見に行ってきました。
私が子どものころのかかしといえば、おおかたがこんな感じ(↓)であったと思うのですが、東富岡地区のかかし祭りでは、いろいろな姿、いま風とでもいうべきかかしが道路沿いに立っていて、たいへん楽しい雰囲気になっています。
こちらのかかし(↑)は、上小林地区で見かけたものですが、私が子どものころの田んぼには、このようなかかしがあちこちに立っていたように記憶しています。
東富岡地区の「かかし祭り 」には、保育園の子どもたちがつくった恐竜もあります。
 また、有名なアニメに登場したキャラクターもあります。
見ていると楽しくなる、そんなかかしがあちこちに立っています。
でも、このようなおもしろいかかしであれば、スズメたちが来なくなるどころか、寄ってくることにならないのかな・・・という心配もちょっぴり。
そんな楽しいかかしのなかに、むかし風のかかし(↓)もあって、スズメたちが来ないように睨みをきかせています。
でも、近づいてよく見ると、YEBISUビールを飲みながらのスズメ監視で、あまり与えられた業務に対する真剣さを感じない態度でありましたが・・・。

ところで、かかしの存在は、スズメたちにとって、どんな意味を持っているのだろうか、とそんな素朴な疑問も感じた「かかし祭り」でした。

2017年9月16日土曜日

きのうの朝も驚きました!

ミサイル発射・ミサイル通過 【Jアラート】

フェイスブックでおつきあいいただいている方には、きのうの朝、Jアラートの放送(群馬県富岡市の防災無線放送)を撮影(動画)したものを紹介してありますが、それをYouTubeに投稿しました。
ミサイル発射の放送があったとき、収穫した野菜を玄関先で撮影しているところでした。
あわてて撮影を動画に切り替えて、Jアラートの放送を撮影(録音?)したのですが、最初の部分については、画面がぶれたりしているため、発射と通過のふたつともに、最初の部分をカットしました。
今回が2回目の放送ということで、前回よりは驚きが少なかったように思いますが、これが3回目、4回目・・・と続き、
 サイレンの音、すっかり慣れてしまったね。
となるのだろうか、とそんなことにならなければよいのだけれどと思っています。
上の空の画像は、ミサイル通過の放送近くに撮ったものです。
日本に向けて、ミサイルを発射する北朝鮮に対して、これをやめさせる手段、方法が日本国にないのだろうか・・・と、そんなことを思っているところです。

2017年9月15日金曜日

曼殊沙華

いま、きれいに咲いています

私が子どものときと比べ、あちこちで曼殊沙華(彼岸花)の花を見かけるようになったと思います。
畑や田んぼの土手のほか、線路わきにも曼殊沙華の花がたくさん咲いています。
子どものときの曼殊沙華の思い出は、なんとなく不気味な花といったもので、かわいいとか美しいといった花ではありませんでした。
といいますのは、私が育った地区では、墓地のまわりなどで咲く花であり、花の色といい葉がない姿といい、花らしくない花という感じがしていたからかもしれません。
曼殊沙華の葉は、どうなっているかといいますと、冬の土手で青々している植物、これ(↓)が曼殊沙華の葉です。
これ(↑)は高崎市箕郷町で、2016.12.15に撮影しました。
花の咲くころには、葉がなくなって、ごらんのような姿(↓)で花を咲かせているという、どちらかといえば珍しい植物といえるかもしれません。
いまでは、曼殊沙華の鮮やかな花の色と秋の青空は、とてもよく似合い、美しい風景をつくりだしていると思います。
そこへ大好きな電車が通れば、私にとっては、もう最高の風景、光景ということになります。
さらに、曼殊沙華といえば・・・、この歌です。

ここで、一句。
   曼殊沙華
      山口百恵
          思い出す
たいへんお粗末さまでした。

2017年9月13日水曜日

すばらしい対応だと思うのですが

複雑な気持ちもします

といいますのは、このような心配を自治体がしなくてよい社会であること、これがいちばん大事なことであると思うからです。
なんの話?と思われるかもしれませんが、先日、つぎのブログ(↓)

廃線になった路線のトンネルを避難所に
https://ameblo.jp/7568nanjai/entry-12308878784.html

で、長野県軽井沢町の対応を紹介したところですが、これに関する記事が昨日(2017.9.13)の上毛新聞に掲載されたからです。
いまの状況を考えるとき、できるだけの対応をしておくことは、とても必要なことであり、住民の生命を守るという行政の責任を全うする意味では、たいへんすばらしい取り組みだと思います。
廃線になった線路に残るトンネルのイメージをご理解いただこうと思って、熊野平駅跡のトンネルの画像を紹介(↓)します。
北朝鮮が発射するミサイルの破壊力に対して、トンネルがどのくらい耐えられるか、その道の専門家でない私には、そのところはまったくわかりませんが、すくなくても一般的なRC造の建築物よりは、頑丈であるといってよいのではないでしょうか。
軽井沢町の試算では、およそ2,600人をトンネルに収容できるとのことですが、トンネルがある場所や軽井沢町全体の住民数などを考えるとき、現時点では全員が早期にトンネルに避難することは難しいことだと思われます。
それでも避難場所があるのとないのでは、大違いといってよいと思うのです。
廃線跡のトンネル利用が可能になったことによって、ほかに有効な避難方法があるかどうかを考える、そんな契機になるとも考えられるからです。

しかし・・・、確かに危ない状況ではあるのですが、北朝鮮からミサイルが飛んできたときのために、住民(国民・外国人も)が逃げ込む場所を整備しておくというのは、国政の力不足ゆえではないかと思うと、とても複雑な気持ちになります。
今年の夏の軽井沢駅前です。

仮に北朝鮮からミサイルが飛んで来たとき、
 避難場所があったので、助かったね
となるのか、
 避難場所があったけれど、結局は役に立たなかったね
となるのか、それはなんともいえないと思うのですが、もっともよいのは、
 日本が指導性を発揮して、
 住民(国民・外国人も)が避難場所に逃げ込まなくてよい平和な世界を
 国際社会の一員として、つくっていくこと、
これに尽きるということになるのではないかと思っています。