2015年12月29日火曜日

ぐんまちゃん列車-上信電鉄

運行第2日目(2015.12.28)の映像

きのうのブログ記事(↓)で、

ぐんまちゃん列車運行-上信電鉄 ぐんまちゃん列車が走りはじめました!!
      2015.12.27()
http://geogunma.blogspot.jp/2015/12/blog-post_27.html

ぐんまちゃん列車を紹介しましたが、きょうのブログ記事では、その走行シーンを紹介いたします。
富岡市南蛇井地内で、上り電車を撮影しました。
下仁田駅を出発したところです。
動画のタイトルを慣れない英語表記にしたのは、外国人の方に目をとめていただいて、
 おっ、これはかわいい!!!
   ぐんまちゃん列車に乗ってみたい!!!
と思ってもらえたら・・・と考えてのこと。
いまの時代、外国人になにが受けるのか、まったく予測できないといわれていますので、ぐんまちゃん列車に関心を持っていただければいいな、と思っています。
 下仁田駅を出発して、加速を始めたところです。
下仁田駅に停車しているところで、全景写真といったところでしょうか。
 ぐんまちゃん(ぬいぐるみ)が乗車しているのですが、ぐんまちゃんがいるところ、おわかりになるでしょうか。
この列車には、ぐんまちゃんと鉄道むすめの富岡しるくちゃんも描かれています。

ぐんまちゃんと富岡しるくちゃんが〝共演〟している、
なんともぜいたくな列車に乗って、楽しい旅をしてみませんか。

2015年12月27日日曜日

ぐんまちゃん列車運行-上信電鉄

ぐんまちゃん列車が走りはじめました!!  
2015.12.27(日)

上信電鉄で、ぐんまちゃん列車が走ると聞いて、走る日をとても楽しみに待っていました。
上信電鉄のツイートから引用させていただきました。
2015.12.25のツイッターに投稿された画像です。
上信電鉄のHPから引用させていただきました。
上信電鉄のHPのトップページには、ぐんまちゃん列車の画像がアップされています。
上信電鉄のHPから引用させていただきました。
使用車両は、クモハ501・502。
車両の正面から見たとき、ぐんまちゃんの顔とクモハの顔が似ているように感じるのですが、皆さんはどのように感じられたでしょうか。
この画像は、上信電鉄のHPから引用させていただきました。
きょうは、ぐんまちゃん列車の写真を撮ろうと楽しみにしていたのですが、用事ができてしまい、撮影することができませんでした。
撮影:2015.12.27(日)
夕方に帰宅したところ、ぐんまちゃん列車が拙宅前を通過して行くではありませんか!!!
あわててシャッターを切った1枚です。
夕暮れということもあって、ブレブレの1枚となってしまいましたが、私にとっては、運行初日に撮った記念すべき1枚となります。

のちほど、ぐんまちゃん列車のかわいい走行姿を紹介したいと考えています。
ぐんまちゃん列車の登場によって、さらに明るさが増したような、そんな上信電鉄になったように思います。

大みそかから元旦にかけて、上信電鉄沿線の社寺では、貫前神社などで二年詣りが行われますが、
   ぐんまちゃん列車に乗って、二年詣り!!
もすてきでしょうね。

上信電鉄に乗って、楽しい旅を!!!

2015年12月25日金曜日

謎の飛行物体・・・?

もしかしてUFO・・・?


きのう(2015.12.24)の朝、空を眺めたところ、きらきら光っていて、ときおりスッと右に動いたり、下に動いたりする物体を発見しました。

ちゃんと目を覚ましたはずですが、まだ眠っているのかな・・・、夢を見ているのかな・・・、と思って、しばらく空を眺めていたところ、その動きがおもしろく、星ではないようでしたので、あわてて部屋からデジカメをとってきて撮影したのが、こちら(↓)の動画になります。
カメラと私の撮影技術に問題があったうえ、すこしあわてていましたので、クリアな映像になっていないため、とてもわかりづらいかと思いますが、空にきらきら光る飛行物体らしきものがおわかりいただけるのではないかと思います。
こちら(↑)が静止画像になります。
黄色い矢印の先に飛行物体らしきものが写っています。
右下に写っている山は、稲含山になります。

このあと、しばらく眺めていたのですが、
スーッと消えてしまいました。

※ 静止画像は、ブログにアップするため、画像ファイルを縮小しましたので、
飛行物体らしきものが見づらいかと思いますが、ご容赦ください。

私は、天文に関することはもちろんのこと、UFOについても詳しくないため、この映像に写っているものがどのようなものなのか、まったくわかりません。
これについて、どなたか教えていただければ幸いです。

もし、これが謎の飛行物体、UFOであれば、私は初めて見たことになりますので、とてもラッキーなことであったと喜ぶことができるのですが・・・

2015年12月24日木曜日

959,388人:前年同期比8%減-旧富岡製糸場

19,349人:前年同期比16%減-荒船風穴

2015.12.8の読売新聞は、
 富岡製糸場と絹産業遺産群の4~11月の観光客が、前年同期比8~47%減ったことがわかった
と報じました。
旧富岡製糸場の場合、今年の入場者数は、もっと大きく減少するだろうと私は予測していましたが、この数字を見て、思いのほか〝善戦〟している感じが しました。
旧富岡製糸場の〝善戦〟を私なりに分析してみますと、旧富岡製糸場がある富岡市の隣町の甘楽町に、こんにゃくパークがあること、この効果が大きいこと、これがいちばんではないかと思います。

こんにゃくパーク 2015.7.9(木)撮影
旧富岡製糸場を見学後、こんにゃくパークに立ち寄って、食事と買い物を楽しむという団体や家族連れが多く、いまや旧富岡製糸場とこんにゃくパークは、セットになった観光地といった感があります。
もちろん、こんにゃくパークから旧富岡製糸場へ・・・というコースもあるようで、こんにゃくパークで出会った方(団体で来られていた皆さん)は、
 これから富岡製糸場に行くのよ
とおっしゃっていました。
私が、
 荒船風穴や高山社のほうへは行かないのですか
とお聞きしたところ、その方々は、
 今夜は、伊香保温泉に泊まるので、富岡製糸場から伊香保へ直行するの
とのことでした。

高速道路が開通後、東京や神奈川、千葉などをはじめ、長野県・新潟県・愛知県などから群馬に来られるのに、とても便利になりました。
この高速交通網の発達によって、前述した都県などから群馬-富岡-に来やすくなり、日帰りで往復できることになった、この効果も旧富岡製糸場の入場者数の減少が8%減であった要因のひとつといえるでしょう。

前述した団体の皆さんのように、群馬の温泉地に宿泊してくれるコースであれば、群馬の観光収入面でありがたいことだと思うのですが、ときどき見かけるバスのツアー名を見る限り、日帰りが圧倒的に多く、群馬県内に宿泊するコースでの世界遺産観光は、かなり少ないように感じられます。
朝に都内を出発して、高速道路で富岡ICを下りて、世界遺産の旧富岡製糸場を見学後、こんにゃくパークや妙義山などをまわって、夕方に帰っていくというコースが圧倒的に多いかもしれません。
私が目にするバスのツアー名からは、そのような印象といってよいと思います。
お手頃のツアー料金で、世界遺産が見られる日帰り旅行として、人口が多い首都圏などからのツアーが後押ししてくれたからこそ、8%減という数字でおさまったのではないかと推測しています。
撤退する店も出てきたとのことですが、これから先、旧富岡製糸場の入場者数がどのように推移していくか、とても興味があるところです。
高崎商科大学の調査結果によれば、リピーターの獲得が課題とのこと。
冒頭の新聞記事にある県世界遺産課長のコメントにあるとおり、旧富岡製糸場をはじめとする構成資産について、もっともっとPRして、これから先も多くの方々に出かけていただくようにしてもらいたいものです。

来年の世界遺産-富岡製糸場と絹産業遺産群-の入場者数は、
どのようになっているでしょうか・・・?

2015年12月23日水曜日

すばらしい取り組みです!!

集落の教科書

きょう(2015.12.23)FBの投稿記事を読んでいたところ、とても興味深い記事を目にしました。
それは、移住・交流推進機構の投稿記事で、京都府南丹市日吉町世木地区の取り組みです。
いま、日本全国の自治体(そのすべてといってよいと思いますが)において、
 わが町へ、わが村へ移住してきませんか?
と、あの手この手でPRをしていますが、集落の決まり事などをまとめた資料があれば、移住先の選定に際して、とても役立つのではないかと思います。
FBに紹介されていた南丹市のnanclaにアクセスして、早速に世木地区の「集落の教科書」を読ませていただきましたが、生活していくうえで、知っておくべき取り決めなどが細かく書かれていて、たいへんすばらしい内容になっています。
こういった〝教科書〟があれば、移住先を選ぶとき、とてもよい参考になると思います。

以前、このブログ記事(↓)をアップしたところ、多くの方々に閲覧していただくことができました。

田舎暮らしのよいところ・よくないところ
「よそ者は黙って、静にしていろ!」「むかしからこれでやってきたんだ!」「細かいこと、かたいことを言うな!」
http://geogunma.blogspot.jp/2015/10/blog-post_23.html

移住してみたものの地域の閉鎖的な対応に嫌気がさして、移住してきた方が早々に出て行ってしまったといった事例も耳にします。
宅地の無償貸与(10年間の貸与後、無償譲渡←しかし、無償譲渡されたあと、10年間は転居できない)といった取り組みもありかもしれませんが、きちんとしたソフト面での対応

「集落の教科書」のような取り決めごとなどをまとめた資料の作成

とともに、以前、つぎのブログ記事(↓)で述べさせていただいたとおり、

よそ者を大事にする気構えができているだろうか? 地域おこし協力隊 
http://geogunma.blogspot.jp/2015/10/blog-post_11.html

移住して来られる方々を大事にする気構えを地区の皆さん全員が持つこと、これができないときは、それが好条件なものであったとしても、移住してきてくれないでしょうし、移住してこられたとしても早々に出て行ってしまうことになるのでは・・・、と私は思います。

移住されて来られる方々を庭木や果樹に例えるのは、たいへん失礼なことかもしれませんが、植穴を掘って、ぽんと苗木を植え付けただけでは、きちんと育つことが期待できません。
植穴への施肥をはじめ、植え付け後の肥培管理-水やりをはじめ、支柱を立てたり、葉っぱに虫がつけば、それを取り除くなど-いろいろと手助けをしてあげることが必要であり、こういった適切な〝手助け〟によって、きれいな花を咲かせてくれたり、おいしい実をならせてくれるのです。

宅地を無償で貸し付けるということは、いわば植穴を用意したというだけだと思うのですが、行政や地域の人々によって、移住者への適切なフォローがきちんとできれば、この無償譲渡事業は、すばらしいもの-まさに好条件-といえるかもしれません。

   移住先を選ぶポイント(私の提案)

 移住したいと思う土地で暮らしている方々が、
  楽しく幸せに暮らしているかどうか
       現地に出向いて、自分の目で、よく見極めるべきです。
           必ず、お試し移住をしたうえで、最終的な判断を。

2015年12月22日火曜日

地方創生とは、住民の奪い合い?共食い?

地方創生に関するモヤモヤがスッキリするかも・・・

先日、ばったり会った友人と話していたとき、その友人は、

 いま、地方創生といって、いろいろなことを自治体がやっているが、なんだか意味があるものと思えないんだけれど・・・

と言ったあと、
 
 これから先の日本は、どうなっちゃうんだろうね・・・

と、ため息交じりに続けました。
この記事(↑)は、上毛新聞による2015重大ニュースのひとつとして、地方創生が取り上げられたものです。
人口減対策とプレミアム付き商品券発行などが紹介されている記事になっています。
ここ最近、各市町村における地方創生への取り組みが、ほぼ連日のように上毛新聞に掲載されています。
この記事(↑)は、私が住んでいる富岡市の人口ビジョン素案に関するものです。
2060年に4万人を目標にするというものですが、あまりにも現実感がない設定期間、設定数値に思えてなりません。

以前につぎのブログ記事で、人口ビジョンに関して紹介したことがありますが、こんなにも未来のことを,
現実的なものとして、多くの人々が受け入れられるものでしょうか。

2060年-これから45年後 いったいどんな時代になっているのだろう?
http://geogunma.blogspot.jp/2015/08/206045.html

いまの人口減少に向かってのスピードは、そんな悠長なものではないと思いますし、これから5年後あるいは10年後には、日本中の自治体がかなりの人口減少局面に立ち至っている、と私は予測しています。

むろん、長期的な視点に立って、いろいろな施策を講じることは大切なことですが、差し迫った現状を直視して、早急に効果的な手を打つことも肝心なことであろうと思います。

冒頭に登場した友人には、

 つぎの本を読んでみたらどうか

と勧めてみました。

「地方創生の正体(山下祐介/金井利之著・ちくま新書)」という本ですが、
いまの自治体における地方創生への取り組みについて、
 
 モヤモヤしていて、なんだかスッキリしない・・・

と思っている方は、この本を読めば、
 
 たちまちにモヤモヤがスッキリするのではないでしょうか。 
 ここで一部を紹介させていただきます。
 黄色い矢印の先のあたりをお読みになってください。
こちらも黄色い矢印の先あたりをお読みになってください。

以前のブログ記事(↓)です。

自治体のサービス合戦??-人口減少対策
若者が未来を明るく展望できて、安心して働ける場所があってこそ、結婚、家庭づくりができるのでは?
http://geogunma.blogspot.jp/2015/09/blog-post_25.html

この記事(↑)を読んで、
私はたいへん驚いたのですが、
    地方創生とは、いったい意味があることなのかなと思っている、
きょうこのごろです。

2015年12月19日土曜日

わたしは これに弱い・・・

弱いものとは・・・

それは、「〇〇限定」といった表示がある商品で、つい買ってしまう・・・といったことになってしまいます。
いまの時期でいえば、冬季限定といった季節による限定商品ということになりますが、観光地などに行きますとそのご当地だけでしか買えない地域限定の商品もあります。

先日、横浜に行ったとき、たいへん楽しい限定商品を見つけたのですが・・・。
たいへん楽しい限定商品は、中華街にある横浜博覧館で見つけました。
売っているのは、正面奥に見える2Fのベビースターランドです。
 これは、横浜中華街のこの店だけの限定商品、焼餃子せんべいです。
 このフロアの一角には、有名なご当地グルメなどをもとにした地域限定の商品も売られています。
私の目をひいたのは、なんといっても下仁田ねぎラーメン味です。
群馬限定の上州太田焼きそば味もあって、たいへん楽しい販売コーナーになっています。

限定商品に弱い私は、横浜中華街で下仁田ねぎラーメン味をはじめ、いくつかの限定商品を買ってきたのですが、
 これらの商品が横浜で買えることって、なんか変だな・・・と
遅まきながら帰宅後に思いつきました。

ご当地限定は、その土地だけでしか買えないということにしておけば、それを買いたいと思う人々は、そこに出かけようと思うのではないでしょうか。
どこでも買えてしまう地域限定の商品ということになれば、あまりありがたさを感じることもないでしょうし、それがいかにおいしいものであったとしても、わざわざ買いたいと思わないのではないかと思うのです。

いまは、下仁田の特産品である下仁田ねぎの収穫、出荷がピークを迎えています。
ぜひ、本場の下仁田ねぎを召し上がっていただいて、本物の下仁田ねぎの味を産地である下仁田で味わっていただきたいものです。

ここへきて急に寒くなってきましたので、下仁田ねぎの甘み、風味が増してきたころだと思います。

いま、地域限定のもの-特産品-は、その土地に行って、そこで味わうものだということを改めて実感しています。

2015年12月18日金曜日

イエローカードから2年後-恐竜渓谷ふくい勝山ジオパーク

今年の再認定審査で見事に再認定となりました!!
 たいへんおめでとうございます!!!

今年の再認定審査において、再認定になったジオパークのうち、恐竜渓谷ふくい勝山は、2年前の再認定審査で条件付き再認定になったジオパークです。
※ 赤い矢印は、本多が付したものです。

恐竜渓谷ふくい勝山は、2年前に条件付き再認定になったのですが、その後、条件付き再認定になったことを前向きにとらえて、いろいろと改善してきた、その結果として、今年の再認定審査において、見事に再認定になったというジオパークです。

再認定審査結果のプレスリリース資料では、恐竜渓谷ふくい勝山をつぎのとおり紹介しています。

1.恐竜渓谷ふくい勝山
  2013 年の再審査において条件付き再認定となった後、県立恐竜博物館を主要ジオサイトとして位置づけるとともに、ジオパークを推進する組織(ジオパーク協議会事務局)の大幅な強化、 エコミュージアムとジオパークの連携進展など課題とされた項目の多くについて改善が認められた。
 また、地域住民のジオパークへの参画が進んでいる。
 したがって日本ジオパークとして 再認定する。  

今年の再認定審査結果のプレスリリース資料では、つぎのとおり下仁田のことが紹介されています。

3.下仁田ジオパーク  
 長年この地域で取り組まれてきた地質学研究の成果をもとに、一般への普及活動や地域の地学的資源を活かした学校教育が行われている。
 最近では地域住民によって自発的に日本ジオパーク下仁田応援団が組織されるなど、認定後の活動により当初よりジオパーク活動が拡がってきている。
 しかしながら、ジオパークの中心となる運営体制が確立されていない。
 地域住民、 地元業者、研究団体、市民ガイド団体、行政組織等様々な関係者間の情報共有と意思決定の場を形成する必要がある。
 ジオサイトの科学的な価値の再評価を行い、ジオパークとしての活動の質の向上を目指していただきたい。
 したがって条件付きで日本ジオパークとして再認定とする。

前記の「しかしながら・・・」以降の指摘事項について、
 下仁田の場合、あと2年間という期間内に対応できるものだろうか・・・、対応できないのではないだろうかと、
 たいへん失礼ながら私は思ってしまうのです。
なぜかといえば、これまでの4年間で対応してこなかったことを、これからの2年間という短い期間内で、運営体制を確立したり、関係者間の情報共有と意思決定の場を形成できるとは、到底困難極まりない作業といわざるを得ないからです。
ものごとを軌道修正したり、違ってしまったものごとをよい方向に向けるためには、違ってしまった時間以上の時間が必要となることもあり、かなりのエネルギーが必要になるともいわれます。
4年間でなしえなかったことを2年間でなしえることができるのかどうか・・・
とくに、ジオサイトの科学的な価値の再評価や活動の質的向上などについては、現在の諸状況に鑑みて、2年間で対応できる課題かどうか・・・、これこそ私には相当に困難な課題であるように思われてなりません。

2年後の下仁田で、こんなシーンが展開されるのかどうか・・・。

※ ここで紹介させていただいたプレスリリース資料の
改行、文字の着色などは、本多が行ったものです。

2015年12月17日木曜日

そうだ!「絹の道」をたどってみよう!!

ということで、富岡から横浜に行ってきました
     2015.12.14(月)

高速道路が開通後、横浜に行くときは、高速道路(上信越道~関越道)を利用しているため、一般道を利用して出かけることがなくなりました。
ある程度の年齢の方であれば、小学校の修学旅行で江の島・鎌倉(おそらく富岡市内の小学校は、ここではなかったかと・・・)に出かけたとき、熊谷の五家寶(ごかぼう)のドライブインと横田基地が見えるドライブインで休息した思い出があるのではないでしょうか。
現代は高速道路で、びゅっと一走り・・・ということになりましたが、鉄道が開通するまで、生糸などを富岡から横浜まで運ぶ道は、現在の国道254号や国道16号に沿った道(いまでは、その多くが旧道となり、忘れ去られてしまっているとのことですが)であったとのことです。
この本によれば、横浜と富岡は、八王子を経由して、荷物や人々が往来していたそうです。
八王子の鑓水峠に行き、そこから横浜に行ってみようと思い、朝早くに自宅を出発しました。
ところが、この日はあいにくと雨降りとなってしまい、旧道の鑓水峠に行かず、後日の楽しみにとっておくこと(軟弱な性格なもので・・・)にしました。
さらに、あいにくであったのは、月曜日ということで、絹の道資料館の門に「本日休館」のふだが下がっていたことです。
富岡から横浜(山下公園近くの駐車場)まで、私の車のカーナビによれば、およそ150kmといった距離でした。
かつて、生糸などを馬の背中や荷車に載せて、富岡と横浜の間を往来していた人々は、いまと時代が違い自動車や列車がなかったとはいえ、ほんとうにたいへんな重労働であったと思います。
幕末から明治初期にかけて、名もなき人々が富岡から横浜に生糸などを運び、ここから生糸などが外国に輸出され、それが日本の近代化をすすすめるための外貨獲得に大きな貢献をしたことを思うとき、とても感慨深いものがあります。

これまでに何度も横浜に行っていますが、この山下公園(この公園は、関東大震災後につくられたものだそうですが)のベンチに腰かけて、海を眺めているのが私は大好きです。

海を眺めるのも大好きですが、もっと私が大好きなものは、中華街の散策と食事です。
 この日は、おかゆの専門店「謝甜記」で、おいしいおかゆを食べてきました。
おかゆが届く前に届いた油条は、撮影したのですが・・・
おかゆは、半分ほど食べてしまったところで、撮影していなかったことに気づいたのですが、とうとう撮影せずに食べてしまいました。
食後、中華街を散策し、関帝廟におまいりもして、楽しい時間を過ごしました。
画像は、関帝廟の屋根です。
イカやカラフルな魚が飾ってあって、とても楽しいデザインの屋根は、おまいり後にぜひご覧になってみてください。

一般道を利用して、富岡と横浜間を往復したのは、高速道路が開通する前のことでしたので、ずっと前のことということになります。
?十年ぶりかに富岡と横浜間を一般道で往復してみて、いろいろな風景を〝再発見〟し、たいへん楽しいものとなりました。

いつか元気のうちに歩いて、富岡と横浜間を往復してみたいと思った、そんな楽しいドライブができた一日でした。

2015年12月16日水曜日

条件付き再認定-ジオパーク下仁田

こんな感想を寄せていただきました

きのう(2015.12.15)のブログ記事(↓)

イエローカード(条件付き再認定)-ジオパーク下仁田
 「イエローカード(条件付き再認定)が出されたら、やめちゃえばよい」
http://geogunma.blogspot.jp/2015/12/blog-post_15.html

について、FBのメッセージなどで、おふたりの方から感想を寄せていただきました。
つたない私のブログに対して、感想を寄せていただいたことをたいへんありがたく、心から感謝を申し上げます。
感想を紹介させていただきますが、お名前は伏せさせていただくことにします。
12/15のブログ拝見いたしました。
4年前の記事から本日まで理路整然とした構成!多くの町民がうなずく文面!
これからも人件費数千万円(補助事業ベース1億数千万~2億数千万円)が毎年消えてしまうことに、もはや耐えられません。
口先だけの世界認定・ジオ推進はぜひ中止していただき、従来どおり自然学校と歴史館の充実を図ってほしいものです。
ジオパーク事業の財源は、徹底的に住民福祉および町民のための過疎対策事業に振り向けてほしいと願っています。
  2015/12/15
撮影:2015.12.10(木) 下仁田IC前の交差点
 もうお一方(ひとかた)からは、こんな感想を寄せていただきました。

イエローカードが出てしまった記事!当然だよね。
これから世界ジオパークになって、地域おこしを・・・といったって、誰も信用しないだろうし、そんなこと期待できないかもね。税金のムダ使いということだろうね。

昨夜、ここで紹介させていただいた方とは別の方から、つぎのような電話をいただきました。
その方の電話内容を要約しますと、つぎのとおりです。

けさの上毛新聞で、町長のコメント(下の記事中のこと)も読んだ。
2011年以降・・・タイミングを計っていた、というが、4年間もタイミングを計っていたということか!!!と、たいへん驚いてしまった。
こういった言い訳めいたことを言うのは、勉強ができない子どもの常套句と同じだ。
宿題などをしていなかったとき、親に対して、やろうと思っていたのに・・・というようなもので、へたな言い訳がとてもおもしろくて笑ってしまった。
きちんと勉強ができる子は、夏休みが始まったとき、夏休みが終わる日を知っていて、宿題などを計画的にしっかりすませておくものだ。
4年前に4年後の再認定審査があることは、わかっていたはずなのに・・・と思うけれど。

このほかにもいろいろお話をされたのですが、それは省かせていただきます。
撮影:2015.11.4(木) 下仁田IC前の交差点
再認定審査前に設置したのぼり旗は、先日通りがかったときに見たら交通安全運動実施中ののぼり旗に変わっていました。
なにやら再認定審査のときだけに設置したのかな、と思わせる短期間での撤去という感じがします。

それぞれの方からお寄せいただいた感想について、私からのコメントは付しませんが、下仁田町の財政のことをご心配されている方、税金のムダ遣いだというお考えもありましたし、4年前の新聞記事中にある町長のコメントと比べて、笑ってしまったといったいう方もおられました。
下仁田町役場のロビーに掲示されている認定証
感想をお寄せいただいた方々に心から感謝を申し上げます。

ここで申し上げておきたいことは、これからの下仁田町を考えるとき、ジオパークの活動を通じて、地域経済を動かしていくようにしなければ、どうにもならないのではないかと私は考えています。
地道にコツコツ磨き上げる覚悟で、これから一生懸命にジオパーク活動に取り組めば、きっとすばらしい時代が下仁田町にやってくると思います。

地道にこつこつやってきた自治体には、明るい未来が期待できるだろうけれど・・・-地方創生
 付け焼刃、一夜漬け・・・のようなことで、明るい未来がやってくるものだろうか?
http://geogunma.blogspot.jp/2015/10/blog-post_31.html

これから先、下仁田町では、ジオパーク活動以外の事業においても、
 きちんと磨き上げていこう、それを地道にコツコツと
といった考えで進めていくことが肝要ではないかと思います。
これは、条件付き再認定となったことをふまえ、生意気なようですが、ましてや下仁田町の住民でもないのですが・・・、私の率直な感想です。

町のリーダーには、厳しい地方財政下にあって、税金のムダ遣いにならないよう、がんばってほしいと思っています。

2015年12月15日火曜日

イエローカード(条件付き再認定)-ジオパーク下仁田

「イエローカード(条件付き再認定)
出されたら、やめちゃえばよい」

本日(2015.12.15)の上毛新聞です。
今年の再認定審査において、茨城県北と下仁田の2地域が条件付き再認定になりました。
この記事には、下仁田町の金井町長のコメントが紹介されています。
各団体の協力を得て、足並みをそろえて目標に向かいたい
とのことですが、
今年の6月、某会議の席上で、下仁田町の金井町長は、ジオパークの活動を応援したいという方々を前にして、
「イエローカード(条件付き再認定)が出されたら、やめちゃえばよい」
と、発言されたということを聞きました。

こういった発言をされていることを知って、私の場合、

なんだ、そういうことなのか!応援する張り合いがないな

ということもあって、応援団の役員を辞めさせていただくことにしました。

役員辞任の経緯については、こちらのブログ記事(↓)をご覧ください。

イエローカードが出されたら、やめちゃえばよい 突然ですが、三択問題です
http://geogunma.blogspot.jp/2015/10/blog-post_4.html

なぜ、101日からブログのタイトルを変更したのか?
なぜ、フェースブックの「日本ジオパーク下仁田応援団」のグループを削除したのか?
http://geogunma.blogspot.jp/2015/10/101.html

()らしむべし知()らしむべからず 江戸時代でもあるまいに
http://geogunma.blogspot.jp/2015/10/blog-post.html

再認定審査に向けて、応援団への役場の対応が直接の辞任動機になったのですが、それを決断させた大きなもとになったのが、下仁田町長の発言を知ったことでした。

思い返せば、4年前の9月、下仁田町が日本ジオパークに認定されたとき、誰もが大いに喜んだものでした。
なにしろ群馬県初の認定ということもあって、多くの人々に喜びを与えたできごとでした。
このときの金井町長のコメントです。
このコメントを信じて、多くの方々がジオパークの活動、その展開に大きな期待を寄せました。
町民の多くが望んだこと、それが
下仁田町が元気になってほしい
ということでありました。

ところが、肝心かなめの町当局では、2~3年後の世界ジオパークどころか、日々の活動においてもきちんとしたことをせず、日本ジオパークの再認定審査において、イエローカードとなることをしてきたわけで、この条件付き再認定は、その〝町当局の日々の積み重ね〟に対する適切な評価といえるのではないでしょうか。


プレスリリース資料のうち、下仁田に関する部分を以下のとおり抜粋してみました。

日本ジオパークの再認定審査結果 
2015 12 14 日本ジオパーク委員会  
以下の 6地域が 10月-11月の現地審査に基づき本日の日本ジオパーク委員会で再認定の 可否につき審議され、以下の結果となった。 
再認定:恐竜渓谷ふくい勝山、磐梯山、秩父、男鹿半島・大潟

条件付再認定:下仁田、茨城県北 

 3.下仁田ジオパーク  長年この地域で取り組まれてきた地質学研究の成果をもとに、一般への普及活動や地域の地 学的資源を活かした学校教育が行われている。
 最近では地域住民によって自発的に日本ジオパーク下仁田応援団が組織されるなど、認定後の活動により当初よりジオパーク活動が拡がってきている。
 しかしながら、ジオパークの中心となる運営体制が確立されていない。
 地域住民、 地元業者、研究団体、市民ガイド団体、行政組織等様々な関係者間の情報共有と意思決定の場 を形成する必要がある。
 ジオサイトの科学的な価値の再評価を行い、ジオパークとしての活動 の質の向上を目指していただきたい。
 したがって条件付きで日本ジオパークとして再認定とする。

※ 文字の拡大と着色、改行は、本多が行いました。

考えてみれば、ジオパーク推進室を廃止して、ジオパークという名を冠した組織をつくらず、産業観光課のなかの1係にしたうえ、団体との情報共有もなく、ましてや地元業者の皆さんを取り込んだ体制づくりをしようとしてこなかったわけですので、しごくもっともな条件付き再認定であったと私は思います。

これから2年後、町長の発言(考え)どおり、
「イエローカード(条件付き再認定)が出されたら、やめちゃえばよい」
ということで、ジオパークの活動をやめてしまうのか、それともいいかたちでジオパーク活動を立て直すのか・・・

いずれにしても、中途半端な気持ちでの2年間であれば、2年後の再認定審査での再認定はおぼつかず、ましてや財政的な見地に立てば、実を結ばないために使う経費は、予算の無駄遣いということにもなりかねません。

ここは、いちばん、よく考えて、これからの対応をすべきではないかと・・・
それにしても、けさの新聞を読んで、
応援されてきた町民の方々は、
とてもがっかりされていることでしょう。