2017年11月1日水曜日

祝 「世界の記憶」登録!!

上野三碑【高崎市】

楽しみに待っていた上野三碑の「世界の記憶」への登録が決まりました。

私のブログでも何度か上野三碑を紹介しています。
最近では、つぎのブログで私の気持ちを述べさせていただきました。

とても楽しみです! 「世界の記憶」:上野三碑

日本経済新聞の記事を引用させていただきます。

     上野三碑、観光客受け入れ整備へ 記憶遺産に登録
                             2017/10/31 22:00

 群馬県高崎市にある国の特別史跡「上野三碑(こうずけさんぴ)」が、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」に登録されることが決まった。地域で守り伝えてきた古代の石碑に、世界的な価値が認められたことに地元は沸き立つ。増加が見込まれる観光客の受け入れ体制整備に向けた準備も始まっている。 
 登録決定を受けて31日、官民で構成する上野三碑世界記憶遺産登録推進協議会の横島庄治会長は群馬県庁で記者会見し「希望通り登録が認められたが、これからが第2ラウンド。(隣接する富岡市にある)富岡製糸場と合わせて、群馬の新しい観光資源としていきたい」と話した。
 上野三碑は7世紀後半から8世紀前半にかけて建てられた「山上碑」「多胡碑」「金井沢碑」の総称。豪族出身の僧侶が母親の供養のために681年に建てた山上碑は、完全な姿で残る石碑としては日本最古という。多胡碑には朝廷の命令で711年に新たな行政区分「多胡郡」を設置したことが記されている。金井沢碑は726年の建立。「群馬」の文字が記された県内最古の事例とされる。
 漢字の書体や石碑の形状に当時の最先端の中国文化の影響がみられるなど、東アジアの文化交流を反映していると評価されている。日本国内に現存する古代の石碑は全国に18例しかなく、その3例が近接して残っている点からも貴重という。横島会長は「(古代の政治や生活を伝える)石に書かれた風土記」に例える。
 ただ、石碑という「非常に地味なもの」(横島会長)であることに加え、山中にあるなど交通の便が悪いことから、観光客の姿は多くない。高崎市は2015年にユネスコ国内委員会に申請書を提出して以来、上野三碑周辺の駐車場や歩道の整備に力を入れている。1日から三碑を巡る小型巡回バスを運行するほか、多胡碑記念館を入場無料とする。
 上野三碑を地域活性化に生かそうとこのほど結成された市民団体「上野三碑をつなぐ会」の木内幸一会長(上信電鉄社長)は「三碑の歴史や価値を通じて地域活性化や観光振興につなげていきたい」とコメントする。三碑を動画で巡るスマートフォン(スマホ)アプリや、新たな土産物の開発を検討中だ。
 古代東国文化のアピールによる認知度向上を狙う群馬県は、世界の記憶登録決定にあわせて上野三碑ののぼり旗やポスターを新たに作製。県外でも掲示したい考えだ。1日午後、県庁展望ホールで登録祝賀セレモニーを開くほか、12月には上野三碑をテーマにした日中韓の国際シンポジウムを予定している。

画像は、2012.3.10・11に多胡碑が一般公開されたときのものです。
大切なものも多くの方々に知っていただかなければ、なにも意味をなさないといえば、いいすぎかもしれませんが、「世界の記憶」への登録運動の機運を盛り上げていく力にならないと思うのです。
こういった地道な努力が「世界の記憶」登録への大きな力になっていったのではないか、と私は思っています。
およそ1300年前の石碑が「世界の記憶」に登録されたわけですが、

 漢字の書体や石碑の形状に当時の最先端の中国文化の影響がみられるなど、東アジアの文化交流を反映していると評価されている。日本国内に現存する古代の石碑は全国に18例しかなく、その3例が近接して残っている点からも貴重という。(前掲の引用させていただいた記事の一部分)

上野三碑はすばらしい歴史を伝えるものとして、いまに残されてきたことを思うとき、1300年間にわたって、上野三碑を守ってきた先人の思いがあったればこその登録であり、先人への感謝も忘れるべきではないでしょう。

たいへんうれしいニュースです。

そして、上野三碑をめぐるのに便利なのが上信電鉄です。
烏川橋梁をわたる電車です。

 1日から三碑を巡る小型巡回バスを運行するほか、多胡碑記念館を入場無料とする。(前掲の引用させていただいた記事の一部分)

とのことですので、ぜひお出かけください。

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